押印がない自筆証書遺言は必ず無効になるか

  自筆証書遺言の要件の一つに押印があります。この押印がない場合、方式に欠けるものとして遺言は無効になります。ただ、遺言を無効にしてしまうと、遺言者である被相続人が、後日の相続人間での紛争を予防する等の理由から、自己の財産の処分方法をあらかじめ定めようとした意思が実現できなくなります。そこで、遺言に押印がなくても、例外的に遺言が無効にならないケースがないか問題となります。

1 遺言に押印が必要とされる理由

      最高裁平成元年2月16日判決(判タ694号82頁)は、自筆証書遺言の方式として自書のほか押印を要するとした理由について、以下の2つをあげています。

①遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保すること

②重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保すること

2 押印がないのに例外的に遺言が有効とされたケース

    最高裁昭和49年12月24日判決(民集28巻10号2152頁)は、押印のない遺言を有効とした大阪高裁昭和48年7月12日判決(判タ304号166頁)を支持しました。上記大阪高裁判決では、「文書の作成者を表示する方法として署名押印することは、我が国の一般的な慣行であり、民法968条が自筆証書遺言に押印を必要としたのは、右の慣行を考慮した結果であると解されるから、右の慣行になじまない者に対しては、この規定を適用すべき実質的根拠はない。このような場合には、右慣行に従わないことにつき首肯すべき理由があるかどうか、押即を欠くことによつて遺言書の真正を危くする虞れはないかどうか等の点を検討した上、挿印を欠く遺言書と雖も、要式性を緩和してこれを有効と解する余地を認めることが、真意に基づく遺言を無効とすることをなるべく避けようとする立場からみて、妥当な態度であると考えられる。」として、遺言に押印がない場合でも例外的に有効になる余地を認めました。
 上記高裁判決は、まず、遺言者は1904年にロシアで生れたスラブ人で、18才のとき来日し、以後40年間日本に在住したが、その使用する言葉は、かたことの日本語を話すほかは、主しとてロシア語又は英語であり、交際相手は少数の日本人を除いてヨーロツパ人に限られ、日常の生活もまたヨーロッパの様式に従っていたことが認められるから、遺言者の生活意識は、一般日本人とは程遠いものであったことが推認されるとし、このような点からすれば、遺言書に押印がないのは、サインに無上の確実性を認める欧米人の一般常識に従ったものとみるのが至当であるから、押印という我が国一般の慣行に従わなかったことにつき、首肯すべき理由があるといわなければならないとしました。そして、遺言者が自己の印鑑を所有し、不動産処理の際等に使用していたことはあるが、その印鑑の使用は官庁に提出する書類等特に先方から押印を要求されるものに限られ、それ以外の火災保険契約書の如きものについては日本国籍取得後においてもサインをするだけで押印していなかったことから印鑑を所有し使用したことがある事実も結論を左右することはできないとしました。さらに、欧文のサインが漢字による署名に比し遙かに偽造変造が困難であることは、周知の事実であるから欧文のサインがあるものについては、押印を要件としなくとも遺言書の真正を危くするおそれは殆どないものというべきとして、問題となっている押印のない遺言は有効とするのが相当であると判断しました。

 

上記事案はかなり特殊な事案であり、通常の場合には押印のない遺言は無効になると思いますので、遺言の作成時には押印を忘れないように注意する必要があります。

                                                                                                         (弁護士 中村友彦)

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