遺言執行者の預金払戻権限
遺言者が預金を特定の相続人に相続させる旨の遺言を遺した場合、遺言執行者は銀行に対して払戻を請求することができるのでしょうか?
平成30年相続法改正前において、遺言執行者による払戻権限を否定する裁判例と肯定する裁判例に分かれていました。
〔遺言例〕
- 被相続人Aの預金をB及びCに各自2分の1ずつの割合で相続させる。
- 遺言執行者として〇〇を指定する。
否定例:東京高裁平成15年4月23日判決・金融法務事情1681号35頁
本件は、遺言執行者にBが指定され、Bが銀行に対して遺言執行者として全額の払戻を請求した事案です。
「本件遺言書の内容は、『私は私の全財産をB及びCに持分2分の1づつ相続させる。』旨のものであり、この遺言条項による遺言者であるAの意思は、その子であるBとCとの2名に相続開始と同時に遺産分割手続を経ることなく本件のような可分の金銭債権である本件頂金等、本件買戻し代り金などを含むすべての遺産を持分各2分の1の割合で包括的に取得させることにあると認めるのが相当であり、他に遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからしめるなど、直ちに相続財産の権利が承継されない特段の事情は存しないから、本件遺言が有効であるとすれば、その相続財産であり、かつ、可分の金銭債権である本件預金等や本件買戻し代り金について、当該相続人2名が当然に各2分の1というその持分割合に応じで分割承継してこれを取得するものというべきである。そうすると、本件預金等の払戻しや本件買戻し代り金の支払について遺言執行の余地が生じることはなく、遺言執行者は、遺言の執行として被控訴人銀行又は被控訴人会社に対し払戻し又は支払を求める権限を有し、又は義務を負うことにはならないといわざるを得ない。」
肯定例:東京地裁平成24年1月25日判決・判例時報2147号66頁
本件は、遺言執行者に弁護士が指定され、銀行に対し預金払戻を請求した事案です。
「相続させる」趣旨の遺言についての最高裁判例を踏まえた判示となっており、参考になりますので、長文の引用になりますが引用します。
「特定の遺産を特定の相続人に『相続させる』趣旨の遺言(以下「相続させる遺言」という。)は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺産の分割の方法を定めるものであって、特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される(最高裁平成元年(オ)第174号同3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁参照。以下「平成3年判決」という。)。よって、本件遺言が有効である限り、○、○及び○は、本件預金について、上記指定の割合で当然に権利を取得するものである。」
「ア かかる相続させる遺言において、遺言執行者が指定されている場合、その遺言執行者の職務権限が問題となるが、上記のとおり、相続させる遺言が受益相続人への即時の権利移転の効力を有するからといって、当該遺言の内容を具体的に実現するための執行行為が当然に不要となるものではないし、遺言者の意思を確実に実現し、遺産承継手続の円滑な処理を図るという遺言執行者制度の趣旨からしても、遺言執行者の関与を一律に否定するのは相当とはいえない。
そして、遺言執行者がある場合、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず(民法1013条)、遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有するから(同法1012条1項)、相続させる遺言においても、遺言の内容に応じて、『遺言の執行に必要な行為』であるか否かの観点から遺言執行者の職務権限について検討する必要がある。」
「イ この点に関し、まず、不動産について相続させる遺言がされた場合においては、特定の相続人に当該不動産の所有権移転登記を取得させることは、不動産取引における登記の重要性にかんがみると、『遺言の執行に必要な行為』に当たり、遺言執行者の職務権限に属するものと解するのが相当である。もっとも、登記実務上、相続させる遺言については不動産登記法27条により受益相続人が単独で登記申請することができるとされているから、当該不動産が被相続人名義である限りは、遺言執行者の職務は顕在化せず、遺言執行者は登記手続をすベき権利も義務も有しない(最高裁平成3年(オ)第1057号同7年1月24日第三小法廷判決・裁判集民事174号67頁、最高裁平成10年(オ)第1499号、同年(オ)第1500号同11年12月16日第一小法廷判決・民集53巻9号1989頁参照)。
他方、遺言執行者があるときでも、遺言書に当該不動産の管理及び相続人への引渡しを遺言執行者の職務とする旨の記載があるなどの特段の事情のない限り、遺言執行者は、当該不動産を管理する義務や、これを相続人に引き渡す義務を負わないと解されるから、遺言執行者があるときであっても、遺言によって特定の相続人に相続させるものとされた特定の不動産についての賃借権確認請求訴訟の被告適格を有する者は、上記特段の事情のない限り、遺言執行者ではなく上記相続人であるというべきである(平成10年判決参照)。」
「ウ 次に、相続させる遺言の目的物が債権である場合について検討すると、被告は、この点について、前記イの平成10年判決を理由に、預貯金債権について相続させる遺言がされた場合も、預貯金を管理するのは相続人であって、遺言執行者ではないと主張する。
しかし、債権、ことに預貯金債権について相続させる遺言がされた場合の遺言執行者の職務権限について、平成10年判決と同様であると考えることは相当でない。預貯金債権について相続させる遺言がされた場合、かかる遺言の実現のためには、最終的に当該預貯金について、受益相続人に名義を変更する、又は受益相続人に払戻金を取得させることが不可欠となるところ、確かに、平成3年判決によれば、かかる遺言の受益相続人は、直接、債務者たる金融機関に預貯金の名義書換請求や払戻請求をすることができる。しかし、金融機関においては、遺言書がある場合の受益相続人からの預貯金の払戻請求に対しては、相続人全員の承諾等を証する書面や印鑑証明書の提出を求める取扱いを原則としているところも少なくないことから(現に、被告においてもかかる取扱いをしていることは前記争いのない事実等(8)のとおりである。)、相続人全員の協力が得られなければ円滑な遺言の実現が妨げられることになりかねない。とすれば、かかる遺言の場合の預貯金債権の払戻しも「遺言の執行に必要な行為」に当たり、遺言執行者の職務権限に属するものと解するのが相当である。そして、遺言執行者は、遺言事項によっては、相続人との利害対立や相続人間の意見不一致、一部の相続人の非協力などによって、公正な遺言の執行が期待できない場合があるため、適正迅速な執行の実現を期して指定されるものであって、かかる観点からも、遺言執行者に預貯金債権の払戻権限を認めることは、預貯金債権について相続させる遺言をした遺言者の意思に反するものではないと解される。」
「以上によれば、預貯金債権について相続させる遺言がされた場合において、遺言執行者は、その預貯金債権について払戻権限を有することとなり、預金払戻請求訴訟の原告適格を有することとなる。」
コメント
平成30年相続法改正により、「相続させる」遺産が預貯金債権である場合、遺言執行者は、預貯金の払戻しの請求および預貯金にかかる契約の解約の申入れをすることができる(解約の申入れについては、預金貯金債権の全部が目的である場合に限る)旨規定されました(民法1014条3項)。
ただし、投資信託の受益権のような預貯金とは異なる金融商品である場合には、上記条項は適用されませんので、未だ、上記議論が残されています。
したがって、遺言を作成する際、遺言執行者に金融資産の解約権限を与える意向であれば、その旨の条項を入れておく必要があります。