遺産分割協議と破産法上の無償否認

他の相続人が多くの財産を取得する遺産分割協議を行った後、少ししか取得しなかった相続人が破産した場合、その遺産分割協議は破産法上の無償否認に該当するのでしょうか?

東京高裁平成27年11月9日判決・金融・商事判例1482号22頁

事案の概要

① Yは亡父と亡母の長男、破産者Aは二男である。

② 亡母は昭和62年6月、亡父は平成21年7月にそれぞれ死亡し、長男Yと二男の破産者Aが相続した。

③ 長男Yと破産者Aは、平成22年1月、亡父を被相続人とする遺産分割協議を行った。同遺産分割協議により長男Yが取得した財産は約2億円、破産者Aが取得した財産は約2600万円であった。

④ 破産者Aは、平成22年5月頃、弁護士に債務整理を委任し、これにより破産者Aは支払いを停止した。

⑤ 平成23年6月、破産者Aにつき破産開始決定がなされ、Xが破産管財人に選任された。そして、破産管財人Xは長男Yに対し、遺産分割協議のうち長男が法定相続分を超えて取得した部分が破産者の支払停止(平成22年5月)の6ヶ月以内にした無償行為に当たると主張して、破産法160条3項に基づいて否認権を行使するとともに、同法168条4項に基づき、超過取得部分相当額であるとする約9256万円の支払いを求めて訴訟を提起した。

判決の内容

判決は、次のように判示して破産管財人Xの請求を棄却した原判決を維持しました。

争点1(遺産分割協議が無償行為に当たるか。)について

⑴ 破産管財人Xは、遺産分割協議は、相続放棄をすることができない状態になった後に、共有状態にある遺産を相続人間で分割協議することによって他の相続人が相続によって取得したことにするものであるから、法定相続分又は具体的相続分を超える財産の取得につき対価性を伴わない場合には、遺産分割協議による財産の移転行為は、贈与と同様に破産法160条3項の「無償行為」と評価すべきであると主張する。

そこで、共同相続人が行う遺産分割協議において、相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為が、それによって法定相続分又は具体的相続分を下回る遺産しか取得しない者が行う「無償行為」となるかについて検討すべきことになる。

⑵ 破産法160条3項は、破産者が支払の停止等があった後又はその6月以内にした無償行為及びこれと同旨すべき有償行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができると規定する。この無償行為否認においては、破産者の詐害意思を要しないこと、支払停止前6月まで否認の範囲が拡大されていること、受益者の主観的要件を要しないことにおいて、一般の詐害行為否認の特則としての性質を有するものと解するのが相当である。

「無償行為」とは、破産者が経済的な対価を得ないで財産を減少させ、又は債務を負担する行為であると解され、その典型的な例は贈与である。

このような「無償行為」について、上記のとおり、破産者及び受益者の主観を顧慮することなく、専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めた根拠は、その対象たる破産者の行為が対価を伴わないものであって、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるためであると解される(最高裁判所昭和62年7月3日第二小法廷判決・民集41巻5号1068頁)。

⑶ ア ところで、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させる行為である。

したがって、遺産分割協議は、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるから、共同相続人間で成立した遺産分割協議は、民法424条1項所定の詐害行為取消権行使の対象となり得るものであり(最高裁判所平成11年6月11日第二小法廷判決・民集53巻5号898頁)、破産法160条1項所定の詐害行為否認の対象となり得る場合もあるものと解される。

イ 民法906条は、遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをすると定めている。
共同相続人は、単純承認をし、あるいは、限定承認又は相続の放棄をせずに民法915条1項の熟慮期間を経過した結果として単純承認をしたものとみなされた場合であっても、その後に遺産分割協議を行うときに、上記の一切の事情を考慮し、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることができる。その際、相続人間での自由な協議と処分が認められている以上、相続人全員の合意で遺産を法定相続分ないし具体的相続分と異なる割合で分割することはもとより妨げられず、代償金等の経済的な対価を伴っていなくとも差し支えない。このように、遺産分割については、いわゆる「遺産分割自由の原則」があり、法定相続分や具体的相続分とは異なる割合での分割も可能であって、遺産分割協議による分割は、それが共同相続人の自由意思に基づく合意によるものであれば、基本的にはこれを尊重すべきものである。

したがって、相続人である破産者が遺産分割によって法定相続分ないし具体的相続分を下回る遺産しか取得しなかったとしても、それは、民法906条に則り、上記の一切の事情を考慮した結果であることもあり得るから、その詐害性を直ちに認めることはできないというべきである。

そうすると、贈与や債務免除のような、経済的な対価を伴わない限り、破産者の財産を減少させる行為と評価するほかない行為は、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であって、類型的に「無償行為」として破産法160条3項が軽減された要件で否認を認める上記の根拠が妥当するのに対し、遺産分割協議については、経済的な対価がないということから、無償行為否認について軽減された要件で否認を認めることについての上記の破産法上の根拠がそのまま妥当するとはいえない。

また、遺産分割協議は、相続人である破産者の財産を形成していたものが無償で贈与された場合と異なり、元々破産者の財産でなかったものが、遺産分割の結果によって相続時にさかのぼってその効力を生じ、破産者の財産とならなかったことに帰着するものであるから(民法909条)、この点からみても、破産法160条3項所定の無償行為として、類型的に対価関係なしに財産を減少させる行為と解するのは相当ではないというべきである。

ウ 実質的にみても、債務者たる相続人が将来遺産を相続するか否かは、相続開始時の遺産の有無や相続の放棄によって左右される極めて不確実な事柄であり、相続人の債権者は、直ちにこれを共同担保として期待すべきではないというべきものである(最高裁判所平成13年11月22日第一小法廷判決・民集55巻6号1033頁)。

つまり、破産者がその被相続人の死亡という偶然の事情によって遺産を共有することになったとしても、相続開始前に破産者に対する債権を取得していた破産債権者にとっては、いわばそれは偶然による特別の幸運である。

そして、破産管財人Xが例として挙げる破産者が思わぬ贈与を受けた場合や宝くじに当選した場合とは異なり、上記説示のとおり、相続においては共同相続人が、民法907条1項に基づいて全員の合意で遺産を法定相続分ないし具体的相続分と異なる割合で分割することが妨げられないものである。加えて、破産債権者は、元来、破産者の財産を引き当てにしていたので、破産者の被相続人の財産に対する破産債権者の期待を特に強く保護する必要はないから、遺産分割協議が破産債権者を害する程度(有害性)が大きいとは当然にはいえないというべきである。

エ 以上のとおり、共同相続人が行う遺産分割協議において、相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為を当然に贈与と同様の無償行為と評価することはできず、遺産分割協議は、原則として破産法160条3項の無償行為には当たらないと解するのが相当である。

したがって、破産管財人Xの上記主張は採用することができない。

もっとも、遺産分割協議が、その基準について定める民法906条が掲げる事情とは無関係に行われ、遺産分割の形式はあっても、当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときには、破産法160条3項の無償行為否認の対象に当たり得る場合もないとはいえないと解される。

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